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INTERVIEW No.8

「神経回路形成におけるコンドロイチン硫酸の役割」

理学博士/(財)東京都医学研究機構・東京都神経科学総合研究所分子発生生物研究部門 部門長

前田 信明・まえだ のぶあき

1959 年神奈川県生まれ。1981年名古屋大学理学部卒。1988年大阪大学大学院理学研究科修了。同年学術振興会 特別研究員。1990年発達障害研究所 研究員。1992年岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所 助手。1997年同研究所 助教授。1999年総合研究大学院大学 助教授併任。2001年より東京都神経科学総合研究所 部門長。


主な著書

「Neural Proteoglycans」編著(Research Signpost社)
「Neuronal Network Research Horizons」共著(Nova Science社)
「未来を拓く糖鎖科学」共著(金芳堂)
「ブレインサイエンス・レビュー2005」共著(クバプロ)
「神経糖鎖生物学」共著(共立出版)

脳神経系は、極めて多数の機能的にも形態的にも異なる多様な神経細胞から構成されています。これらの神経細胞は互いにシナプスと呼ばれる構造で結合し合い、複雑な神経回路網を形成しています。
神経回路網は、神経細胞同士が勝手気ままに結びつくのではなく、特定の神経細胞は他の特定の神経細胞とシナプス結合するということを繰返して、特異的に形成されていきます。従って、各神経細胞は多くの神経細胞の中から正しい相手を見つけてシナプスを形成する必要がある訳です。
しかも、神経細胞は軸索と呼ばれる神経突起を他の神経細胞に伸ばしてシナプスを形成しますが、標的細胞は遠くに離れていることが多く、正しい道筋に沿って軸索を伸ばさない限り、相手を見つけることができません(実際、中には道を踏み外して、あらぬ方へ行ってしまう軸索もあります。そのような不適切な神経結合は、その後、除去されます)。
神経細胞は、軸索伸長の道筋と標的細胞を認識するために、何らかの標識となる分子を利用していると考えられますが、最近、糖鎖 専門用語アイコン がそのような標識あるいは道標のような役割を果たしているのではないかと考えられるようになってきました。

糖鎖 専門用語アイコン の中でも、コンドロイチン硫酸は非常に大きな構造多様性を示し、道標あるいは標識としてふさわしい物質であると考えられます。コンドロイチン硫酸の骨格は、グルクロン酸とN-アセチルガラクトサミンからなる二糖単位が多数つながった単純なものですが、生合成の過程で、この骨格の様々な位置で硫酸化や5-エピマー化という修飾が起こり、最終的には大変多様性に富んだ分子になります(図1)。

神経回路が盛んに発達している時期の神経組織に、コンドロイチナーゼABCというコンドロイチン硫酸分解酵素を注入すると、軸索の伸長パターンが大きく乱れることが知られています。このことは、神経細胞がコンドロイチン硫酸を認識して軸索の伸長経路を決定していることを示しています。
また、脳や脊髄の損傷により神経回路が傷つくと、軸索の再生能力が低いために、失われた神経機能はなかなか回復しません。しかしながら最近、ラットを用いた動物実験により、損傷部にコンドロイチナーゼABCを投与すると、軸索の再生と神経機能の回復が促進することが見い出されました。
これは、脳や脊髄が傷つくと損傷部周辺に大量のコンドロイチン硫酸が合成されて軸索伸長を阻害する領域が形成されますが、これを除去すると損傷により切断された軸索が再び伸長し得るようになり、神経回路が再構築されるのだと説明されています。

コンドロイチナーゼABCを用いた実験では、神経細胞がコンドロイチン硫酸の構造的な違いを認識しているかどうかはわかりません。
しかしながら最近、小脳のプルキンエ細胞や大脳の神経細胞が、コンドロイチン硫酸の構造を認識して神経突起を伸長させていることが明らかになってきました。このことは、コンドロイチン硫酸の構造の中には、神経細胞が神経突起を伸長させる際に目印として用いる暗号が隠されていることを示唆しています。
このような暗号を解明することは、コンドロイチン硫酸を医薬品として応用する上で極めて重要です。今後、コンドロイチン硫酸の構造特異的な機能の解明によって、軸索再生のみならず、変形性膝関節症 専門用語アイコン 等の治療薬としての効果も改善することが期待されます。
参考サイト: http://tmin.ac.jp/medical/16/neurite1.html

図1コンドロイチン硫酸の構造

図1コンドロイチン硫酸の構造

コンドロイチン硫酸は、グルクロン酸とN-アセチルガラクトサミンからなる二糖が多数直鎖状につながったものを基本骨格とする。
生合成の過程で、二糖の水酸基の一部は硫酸化(1〜3)され、グルクロン酸のカルボキシル基は5-エピマー化(4)されることがある。二糖単位当たり、1つの硫酸基が付加されることが多いが、2つあるいは3つ付加されることもあり、全く付加されない場合もある。このような修飾のされ方の違いによって、A、B、C、D、E、O単位等、異なる構造の二糖単位が生成する。
これらの構造単位の順列組み合わせによって、極めて多様な配列が生じ得る。コンドロイチン硫酸の構造は、細胞種、細胞分化や老化、病態によって異なり、各々が異なる役割を果たしている可能性が考えられる。